また久しぶりの投稿になりました。
その間に私も65歳になったわけですが、その少し前から色々な「お前はもう年寄りである」攻撃を受けることになりました。
郵便物が届くのです。
行政から年寄り認定の。
次々に、、、。

①独り暮らしの方へ―ひとり暮らし高齢者確認調査?(市区町村より)
②年金請求について(日本年金機構より)
③介護保険被保険者証(地方自治体・市区町村より)
④介護保険料通知書(〃)
⑤敬老手帳と敬老パスについて(〃)
これだけ見ると、それだけかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、受け取る方は「え?また~。今度は何?」という感じです。
そして行政の郵便物は内容を理解するのが難しい。
嫌がらせかと思うほどに分かりにくい。
一つクリアできたかと思うと、また次が、、、。
何をどうしたらいいのか、このまま放っておいていいのか。
そんなことをしたら日本というシステムから零れ落ちてしまうのかもしれない。。「高齢者」を一気に不安に陥れます。
色々言いたいことはありますが、まぁ、その辺は今日は置いておいて。
要はいよいよ行政からも「高齢者」シニア認定を受けたということです。
とはいえ、私は60歳になった時、「あぁ、私ももう還暦だ。後の人生はおまけの時間だ。」と思ったはずです。
ではもう自分で分かっていたはずでは?
実際体調もすぐれないことが多くなり、仕事も休みがち。
病院では「年齢的なものもありますからね~」なんて先生からも言われて軽くショックを受けておりました。
それでもせいぜい私は、私の表面部分15%位でしか「高齢者」であることを分かっていなかったのです。
白状します。
まだあれもこれも、今までの若かった時に出来ていたこと、当たり前だったことを常識として持っていました。そして、出来なかった時、あるいは調子が悪かった時、自分で言う「年だから、、」の言葉の奥に、「今回はたまたま出来なかっただけ」、「今回はたまたま変な病気にかかっちゃっただけ」という思いがあったのです。
それを今回思い知りました。
何度もやってくる行政からの郵便物連続パンチによって。
「まだわからんのか!お前はもう高齢者なのだ!」と。
少しずつ認識させられているということです。
病気だと思っていることも、(もちろん本当に病気の場合もあるのですが)老いであって(その背景には老いが関係していて)、これからは必ずしも以前のように回復するとは限らないということ。
上手くできない、のは環境や道具のせいではなくて使いこなせなくなった老いのせいであること。
洋服が似合わなくなった、のはその洋服や流行りのせいではなくて老いのせいであること。(似合うものも変わってきているのです)
休日が家事であっという間に終わる、のは不思議なことではなく老いのせいであること。動作や選択が遅くなって今までより時間がかかります。
そして、
理解できない書類をよこすなんて行政はどうなってるんだ、というのも、もしかしたら老いが関係しているかもしれません。
まったく、小さな不満や不平も、もしかしたらかなり老いのせいだったのかもしれません。
行政に年寄りだと言われたから老いたのではなく、身体はとっくに老いていた。気づいていなかったのは自分だけというわけです。
「無理は禁物。いや、あなたが無理じゃないと思っていることも、もう無理かもしれませんよ」と注意喚起をしていただきました。
だから色々なことを諦めなさい、ではなく、新老人として新しい生き方をしていってください。ということだと思っています。
自分の変化を認め、今の自分に合った役割を見つけてくださいね。そのために行政もお手伝いしますよ、という愛のパンチだと。
「新老人」、受け取りました。











